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昭和20年 爆撃の証拠品


『船橋の戦前・戦後』の第二弾として、また船橋市内で昭和30年くらいまでを過ごした方にお話を聞いています。

 現在、新高根に住んでいる方にお話を聞いていたところ、戦争中の話になり、「ぼくの家の畑に、爆弾が落ちたことがあったんだよ」」と。船橋市の資料を見ると、船橋市は行田町、二宮町の空襲・火災があり、ほかにも散発的に空襲があったということは知っていました。

 前回の聞書きでも、何人もの方が「船橋には軍需工場があったから、そこを狙って爆弾を落としたり、機銃掃射があったんだ」とか、「東京を爆撃した帰りに残っていたのを落としたんじゃないかなあ」などと聞いてはいました。

 しかし、今回は「モノ」が登場。「これが爆弾の破片だ」と見せてくれたのです。

戦争

「家からわずか150mほどの畑に爆弾が10発くらい落ちたんだ。防空壕も吹っ飛ばされちゃったしね。粉塵で5分くらい何も見えなかった。近くの松の木がね、すぽんとカミソリで切ったみたいに斜めに折れてたね。でも、死んだ人やケガをした人は聞かなかった。軍需工場の日本建鉄を狙ってそれたんじゃないかなあと思うけどね。爆弾が落ちた場所は、その土地がスリバチ状になってたね。すぐに兵隊が来てくれて、近所のみんなも手伝ってくれて、そのスリバチを埋め戻しましたけどね」

 語って下さった方の7歳のときの記憶です。
 
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井の頭公園隣りにオープン

洋風

井の頭公園の林を目の前にしたステキなレストラン&カフェ「ラ・ターブル」。
http://www.latable-inokashira.com/
2年前参加した「実践起業塾」(起業はしてたけど…)の同期・田中さんが自宅を改装してこの5月にオープン!
起業塾仲間と3人でおじゃまして、ゆっくりランチを楽しんできました。

今はバラの花が見事な庭を眺めながら、玄関へ。靴を脱いあがるので、ほんとに友だちのおうちにでも招かれたかのように、ゆっくりできます。

料理はフレンチのベテランシェフが腕をふるい、ランチメニューは1000円。

吉祥寺駅からは井の頭公園の中を散策しながら約15〜20分くらい。
吉祥寺駅前の雑踏を抜け、緑も静けさも味わえる、ちょっとリゾート地にでも出かけた気分になれるお店です。おすすめ。

田中1b

店内 b

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初セミナー

IMG_1831.jpg


埼玉県の老人ホームでセミナーをしました。

タイトルは「想いを次世代につなげる 気軽にスタートできる自分史」」
初セミナーだったので、家で特訓。
パワーポイントを作ったり、実際にしゃべって時間を計ったり。
45分は長い!と思っていたのですが、
つい伝えたいことがたくさん出て来て、
絞り込むのに時間がかかりましたが。

準備ができると、
前日くらいからは楽しみになってきました。

そして、当日。
10名の方が参加してくださいました。
少しだけワークを取り入れましたが、

「ほめられたこと、思い出してみましょう」
「……。」
「思い出せない…。」

ワークの中身は修正の余地が…。

「自分史を書くのは難しいことだと思っていましたが、
いろいろな方法があることを知り、
まずはスタートしてみようと思いました」
という感想もいただいて、

これからも「自分史」を広めることができるよう、
セミナーの中身も充実させていかなくては。

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韓国料理、好き

5月4日は妹と新宿で待ち合わせをして、
GAP(全品半額セール中♡)やZARAで買い物して、
新大久保へ移動。韓国ショップなどを流して、
早めの夕飯は大人気店の「おんどる」へ。
ここでハセガワさん合流で3名に。

食べましたよ〜。
サムギョプサル、コチジャン生三段バラ、キムチ盛り合わせ、海鮮チヂミ…。
でも、いろいろなメニューを試すのには4〜5人いるといいなあ。
生マッコリも飲みました。
旨し、旨し。
おんどる

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秩父へ

秩父武甲山

5月3日は母方の祖父の三十三回忌の集まりに出席。

昨年の夏以来の故郷・秩父。
久しぶりに池袋からレッドアローに乗って。

叔父や叔母たち、従兄弟(私には16人の従兄弟がいます!)、従兄弟の子どもたちと会いました。

私にとって祖父の思い出は夕方になると焼酎を飲んでいたこと。しっかりおしゃべりした記憶はありません。
でも、今日、叔父がおじいちゃんの日記の一部を披露してくれました。

昭和5年のこと。
家族中の期待を背負って、東京の学校で勉強していた弟が病気で亡くなったことの悲嘆が綴られた日記。自分ももっと勉強したかったこと。命は限られたものだから、今を精一杯生きなければという思い。

20年前に祖母が亡くなったとき、私は、祖母がつけていた家計簿日記の言葉をピックアップし、祖母の遺稿集を作りました。それは、今読み返しても、祖母の人となりが伝わってきます。昨日も「あれは、いいのを作ってもらってよかったなあ」と話が出ました。

祖父という人のことも、もっと知りたかったなあ。
ちょっと偏屈で、気難しい感じだけど、大人同士としておしゃべりしたら、結構気があったんじゃないかなあ。

新緑の山々、見るたびに少しずつ形を変えているけど毎日見ていた武甲山。
故郷がある、って幸せです。


この写真、下にあるのは桑の木。祖父母の家は昔は養蚕農家で、家の周りは桑畑になっていました。今は見なくなったけど。
桑畑

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プロフィール

コイデヒロコ

Author:コイデヒロコ
たくさんの方の「私物語」を
聴かせていただき、
それを和装本に仕立てて
お渡しする仕事をしています。
家では愛犬の
柴犬コナツに癒されてます。
・グリーフケア1級認定
・カウンセラーの勉強中

仕事のサイト
㈲officeSAYA

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