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秩父の大雪

まだ、私の故郷・秩父は大変らしい…。

最初の雪(8日)は、東京では46年ぶりの大雪ということで、知り合いの人が口々に「こんな雪、初めて!」と口にしていました。確かにすごくて雪かきも大変だったけど、秩父育ちの私としては、「なんだか数年に1度くらいはこのくらいの雪が降っていたなあ」という感じでした。

14日の午後から雨まじりで降ってきた雪も「雨まじりだし、明日は雨のち晴れ予報だからすぐ溶ける」なんてちょっと余裕。

ところが青梅線が不通、中央線が不通、西武秩父線ももちろん不通、高速道路が通れない、とテレビ画面が続々情報を伝えます。

翌朝(15日)、秩父の幼なじみから「朝起きたら、こんな状態。車がほぼ埋まっているよ!!」とのメールと写真が送られてきました。

秩父

どっ、道路はどうなの?
みんな、買い物も通勤にしても車を使っているというのに。

16日の夕方、叔母・栄子ちゃんに電話をしてみると、
丸二日かけて玄関から車の道まで50mほど雪かきをしたけど、肝心の車道は全く除雪が出来ておらず、
家にこもっているしかないとのこと。
「ま〜、驚いたんね! こんな雪は初めて。ハハハハハ〜、もう笑うしかないよ〜。食料はあるから・・・」

もう一人の叔母・文子ちゃんにも電話をしたら、
「国道は除雪できたみたいだけど、まだ車は動かせないんよ。せやあないん(大丈夫だよ)。
近所の人と雪かきをしたけど、
私は腰が痛いからあんまり手伝えなくておしゃべりばっかり。こんなときでもないとおしゃべりしないよね〜、
なんて言って(笑)。おもしろかったよ〜」

私の叔母たちは明るいんです。
よく働き、よく笑う。
たぶん何が起きても「大丈夫、どうにかなるさ」という人たちです。
どこか私も受け継いでるかも。

きっと今回のことも、次回会った時にはあれこれ、おもしろおかしくしゃべってくれるはず。

でも、くれぐれも雪道で運転はしないで欲しいし、ほんと足元気をつけてもらいたいなあと、温かで雪がほとんど溶けた船橋から願う姪っ子でした。
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河村留理子ライブ

バレンタインデーの日が誕生日という船橋のジャズシンガー河村留理子さんの「バースディライブ」を観に行きました。
 場所は船橋駅北口十字路の近くのun loc。魚料理がご自慢という評判は聞いていたのですが、今回初めて。なので食事も楽しみでした。

夕方には雨まじりの雪が激しくなっていた船橋。
しっかり長靴を履き、バックにはビニールを被せ、毛糸の帽子と手袋をして、帰りに雪が積もっても大丈夫なくらいの支度で出かけました。

音楽を聴くのは大好きだけど、船橋で聞くのは市民文化会館とか勤労者センターへコンサートを聴きに行く感じ。ライブは都内のライブハウスというイメージしかなかったけど、今回、船橋で30〜40名くらいのこじんまりとしたスペースで聴くことができたのは、すごく贅沢な気分でした。
「これぞ、ライブでしょう」と。

河村さんの声は、表現力が豊かで、どの曲もとても心地よく胸に響き、ステキなバレンタインデーの時間が、あっという間に過ぎて行きました。
それにしても歌う技術はもちろんですが、声の魅力や感性は天性のもの。
そこを努力して磨いて大事に育ててきているんだなあ、と感じました。
キュートなおしゃべりもステキ!

海外での実績もある歌姫が身近にいて、
地元で歌を聴けるなんて嬉しいですね。

ライブ

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さらに思い出したこと

サザンカ

昨年、「小さい頃のことを聞き書き自分史に」とお話をいただいて、
昭和10〜20年くらいまで、
ご本人が5歳から15歳くらいまでの話しをまとめたhiromiさん。
小さい頃のご兄弟とのやりとりや、学校での友だちとのやりとり、先生のことなど、
暮らしていた吉祥寺あたりのことや当時の学校の様子を、
とても細かく覚えていらして
お話を聴く私にも戦前の吉祥寺の様子が目に浮かぶようでした。

そして、約1年経って、連絡がありました。

「出来上がった本を読み返したり、兄や友だちに見せたりしたらさらに思い出が蘇って来た。いずれは孫にも見せたいので、出て来る言葉の解説(欄外の註)ももう少し入れてさらにわかりやすくしたい」

「1年間の間にいろいろ思い出すことがあってね。でも、この出来上がった本があったからこそ、友と話しもできたんですよ」

確かに、そうですね。
1冊の本を仲介に、さまざまな思い出が蘇って来る。

「ああ、もっと残しておきたい話しがあると気がついたんです」

“和綴じの聞き書き自分史”のいい点は
気がついたときに追加できることかもしれません。

今回は、思い出を追加して、
まだ小学生のお孫さんが将来読む時のために、注記も増やしました。

そして今回は10冊希望とのこと。

「こういう本を作ったと見せると、“そんな小さな頃のことは思い出したくない”という人もいるんですよ。でも、自分のことと照らし合わせるようにして読んでくれる人もいる。そういう人を数えたら、やはり10冊欲しくてね」

書き溜めておいた文章もおありだったので、それも追加。
前書きも書いていただきました。

ひとりひとり、いろいろな自分史があります。

10冊 表紙

10冊よこ

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雪の週末

ほんとに予報通りの雪でした!

時間軸で。

土曜15時。「まだ、こんなもん」
土 15時

土曜17時。「ワタシにはちょうどいい雪。楽し〜い!」
土 17時半

日曜8時。「うそっ! かなり積もったね」
日 8時

日曜8時10分。「早くついておいで〜! 雪道探検」
日 8時10分

日曜10時。「疲れた〜。コタツで温まります」
日 10時

日曜13時。「ママさんは新宿までお出かけして、学生時代の友だちとランチしたらしい」
日 13時

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ラナンキュラスを生ける

昨晩はお花の教授会。
いけ花松風、2月の教授会(毎月、東京・大久保の松風会館にて)のテーマは「ラナンキュラス」。
「華やかな色居合いを生かして、春をイメージした花を生ける」ことがねらいです。
 
まず、花器選びから。
花材のラナンキュラスの色を見て、最初はガラスの器でふんわりした優しい雰囲気にしようかなとも思ったのですが、ふと面白い形の、鮮やかなブルーの花器に目が止まり、そちらを選びました。

花材はラナンキュラス、グニユーカリ、レモンリーフ。
ラナンキュラス

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洗濯物、凍った!

昨日、夕方の雪、今朝はすっかりあがって青空が広がっています。
朝の8時頃に洗濯を干して、30分後くらいに見たら、洗濯物がパリンパリンに凍っていました。
なんだか、それって懐かしい。
船橋は暖かいから、洗濯物が凍るなんてこと、なかなかないですよね。

私は埼玉県の秩父出身だから、冬の朝はいつもこんな感じで。
その度に「もしかして衣類が早く痛んじゃうかな。陽が指してから洗濯物を出せばいいんだけど、そんな時間ないな」なんて思っていたものです。

外の水道も凍るので、蛇口のところに布切れを撒いたりしましたが、
あれは効果があったのかなあ。

私が小学生の頃(昭和40年代)は、まだ家の近くの荒川は氷が張って、
川でスケートをしました。
中学生頃にはもう氷が張らなくなっていたような気がしますが…。

上流だけど、家のすぐ下は広い河原になっていて、
河原の中を細い川が何本か筋のように流れていて、そこが凍るので川筋を行ったり来たりして滑りました。
少し離れたところある大きな淵は、ちょっとした広さがあるし、
日陰だがらか滑らかな氷が張っていて滑るのには最適でした。

秩父鉄道の白久駅前には「白久スケートセンター」があり、
当時、土日などはとても賑やかでしたが、あそこもいつなくなったのかなあ。

小学生も、うまい子はスピード(刃の長いの)を履いていて、ほとんどの子はハーフスピード(少し短めの刃)を履いていたのに、なぜだか私が最初に買ってもらったのはフィギア用の靴。なんだか一人だけ気取っているようで恥ずかしくて、しかも刃は太いし、スピードはでない。
高学年になってスピードを買ってもらった時は上手く滑れるようになるまで、少し時間がかかったけど、早く滑ることができてすごく嬉しかったのを覚えています。
でも、あの重心を低くするのができなくてねえ、カーブのところの足の運びも、子どもながらにずいぶん練習しました。

ああ、懐かしい。

今はもう全く滑れないんでしょ?
ワタシは氷の上より草むらがいいわ 

草むら

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ドキュメンタリー映画「えんとこ」

昨日、世田谷線上町駅から数分の生活協同組合パルシステム東京
「ディサービスセンター上町陽だまり」で、
ドキュメンタリー映画「えんとこ」を観てきました。

 えんとこは縁のあるとこ。
 寝たきりの障害者・遠藤滋のいるトコ。
 一日24時間三交代で彼を介助する若者たちがかいま見せる生き生きとした
 表情など、彼らの日常を3年間に渡って記録した。
 「青春」ドキュメンタリー。(パンフから)

ドキュメンタリー映画というのは、なかなか観る機会がないのですが
いろいろ考えるところがありました。
 
「僕のハンディを武器にせよ。一見マイナスに見えることも、
それを逆手に取ってやってみる」
「暮らしやすい町は黙っていてはできません」
「(自分の想いを)まっすぐに伝えながら堂々と生きていきなさい。
できるところまでやって後をまかせる(ことも大事)」

心に響く言葉がいくつもありました。

映画の後の監督トークで、伊勢真一監督が
「ドキュメンタリー映画は見る人のポジションや、
そのときに切実に考えている問題を持っているかによってもみかたが変わる。
見る人が物語を深めて行く」
と言っていましたが、また、年月を経て、同じものを観てみたいと思いました。

また、「ドキュメンタリー映画は、対象の方が亡くなってもその映画の中で生き続ける。10年経っても、50年経っても観ることができる。
何が変わって、何が変わらないか、そういうことを考えることもできる」と。

自分史も同じだと思いました。
一生分を語り残さなくても、人生の残したいある部分、ある年齢の時のことだけでも。

語り残すことの大切さを、うまく伝えていきたいものです。 

昨日、朝9時頃の三番瀬
朝もやの三番瀬

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プロフィール

コイデヒロコ

Author:コイデヒロコ
たくさんの方の「私物語」を
聴かせていただき、
それを和装本に仕立てて
お渡しする仕事をしています。
家では愛犬の
柴犬コナツに癒されてます。
・グリーフケア1級認定
・カウンセラーの勉強中

仕事のサイト
㈲officeSAYA

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