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『のんびる』8月号に掲載

 パルシステム生活協同組合連合会発行の『のんびる』8月号、総特集は“私タチノ平和宣言”。
 
 「草ノ根冊子ノ平和宣言」と称した前田和男編集長の後記には
 〜〜 「一つにまとまった「大きな声と「大きな言葉」の力は否定しないが、それは多種多様諸々雑多な「小さいけれどしぶとい声と言葉」に支えられないかぎり足元をすくわれる。
 ならば「大きな声と言葉」は大向うの「大きな世界」を相手にした「大雑誌」にまかせ、野草を誌名にしたわが「小冊子」にはそれにふさわしく、「小さいけれど多種多様諸々雑多でしぶとい平和談義」を集めよう。 〜〜
 とあります。
 30名以上に及ぶさまざまな視点が掲載されてます。

 その中の1ページで、officeSAYAで今年の1月に和綴じ本限定20部で作った『聞き書き/ いま、思い出す 船橋の戦前・戦後』を制作して感じた私の平和への思いを取材してもらいました。
 
 声高に何かを訴えるというのは苦手ですが、今できる私なりの「平和宣言」は、戦前・戦後の暮らしを語って頂いただいた68〜96歳まで13人の方々の話を次世代につなぐ役目を担っていくこと、と思ってます。

 第二弾の制作も予定していて、聞き書きも少しずつ進めています。
 次回は市内の中学校にも配りたいと考えてはいるところですが、時間&印刷の予算等、課題山積です。

表紙 たて B

中面 B

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「シニア写真とほんの少しの私物語」

 カメラマンさん、ヘアメイクの方とコラボした「シニア写真とほんの少しの私物語」。

 ヘアメイク、カメラマンさんの撮影の間、約1時間、聞き手である私がちょっとした質問を投げかけて、人生の一片を語っていただきます。

 最初は「何を話せば…」と戸惑いの表情を見せていた方も、質問に応えているうちに、思い出が甦るようで、次々とお話が湧き出てきます。
幼いときの話、学生時代の話、生き生きと過ごしていた時間…、自分の人生をほんの少し振り返り、おしゃべりする。
自分の人生をほんの少し振り返り、大切な思い出を語る。
そんなときってとても柔らかで、本当にいい表情をされます。

 プロのヘアメイクさんによって、いつもよりずっときれいに変化している。 プロのカメラマンがシャッターを切る。
 撮られている自分を忘れて、大切な思い出を語る。

 おしゃべりは、B6判(128mm×182mm)のミニ本、およそ24ページに仕上がります。それと3面台紙付きの大判プリント3枚をお渡しします。

 今回、感想をいただきました。

「自分のことを他人におしゃべりするなんて初めての経験なのでどうしようと心配でした。
でも、上手にいろいろ聞き出していただいて、何気ない思い出話やとりとめもない話もうまくまとめていただいでありがとうございました。
久しぶりに幼い日々のあれこれを思い出し、家族に囲まれていい時間を過ごして来たんだなあと改めて感じました」

 撮影に立ち会った娘さんからの感想もいただきました。

「母が見る見るきれいに変身して、ステキな写真を撮ってもらったこと、娘として嬉しく思いました。
出来上がった本の中には、私の知らない母、一人の少女が自然に抱かれながら姉妹と過ごした無邪気な幸せの風景が広がっていました。
私が申し込んだので、母ははじめ自分のことで語ることなんてないと、消極的でした。
でも、終わってみると今回の体験をとても喜んでくれて、出来上がった本を嬉しそうに何度も見返していました。
少しは親孝行できたのかなと思っています」

メイクb

インタビュー b

中面シャシンb

中面 ブ

台紙に貼った大判の写真(ここには出していませんが)も、それはいい出来上がりでした!

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NHK「家族にあてた 人生ノート」

昨晩、録画しておいたNHKにっぽん紀行・選「家族にあてた人生ノート」を観ました。

テレビ360
 
新潟県南魚沼市で話題を呼んでいるノート「老後の生き方 ライフデザインノート」、(社)南魚沼市社会福祉協議会が作ったものです。
簡単な自分史とエンディングノートが一緒になった感じ。自分の人生について、書き記し、家族に残すためのノートです。

自分史のコーナーには、わが家の5大ニュース、プロポーズの言葉、家族に言い残しておきたい言葉などを書く欄があります。

「自分について知ってもらうことで、家族の時間を豊かにしてほしい。愛するお子さんやお孫さんに、自分の生きてきた証、経験を、是非、後世に残して頂きたい」(市の社会福祉協議会、本多さん)。そんな想いからできたノート。

きっと全国各地で、こういったノートや取り組みはあると思う。そういうノートを持っている人も大勢いると思う。私の知り合いは「エンディングノートをあちこちでもらって5冊もあるけど、まだなんにも書いてない」と。

書くきっかけが必要?
いつか山梨で在宅ホスピス医をされている内藤いづみ先生がおっしゃっていました。「人はみな、明日死ぬとは思っていない。それは何歳になってもね」。死を意識して、初めて書く、というイメージが強いのかもしれません。
でも、「明日からの未来のために書く」と考えてもらいたいなあと思います。

書いた方は「書いてよかった」と思う。自分が忘れていたことを思い出し、人生を振り返り、いいことがたくさんあったなんて思い返す。家族に読んでもらって、家族と共に生きてきたことを改めて思う。大事なものが身近にあることに気づいていく。それは、明日からの日々をいい意味で変えていくことになるはず。

また、今朝の「読売新聞」には、「自信を生む“自分史” 若い人こそ書いて」という投稿が掲載されていました。

写真300

気負わずに自分史を書き始めましょう、ということをもっともっと広めていきたいですね。

花360

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昭和20年 爆撃の証拠品


『船橋の戦前・戦後』の第二弾として、また船橋市内で昭和30年くらいまでを過ごした方にお話を聞いています。

 現在、新高根に住んでいる方にお話を聞いていたところ、戦争中の話になり、「ぼくの家の畑に、爆弾が落ちたことがあったんだよ」」と。船橋市の資料を見ると、船橋市は行田町、二宮町の空襲・火災があり、ほかにも散発的に空襲があったということは知っていました。

 前回の聞書きでも、何人もの方が「船橋には軍需工場があったから、そこを狙って爆弾を落としたり、機銃掃射があったんだ」とか、「東京を爆撃した帰りに残っていたのを落としたんじゃないかなあ」などと聞いてはいました。

 しかし、今回は「モノ」が登場。「これが爆弾の破片だ」と見せてくれたのです。

戦争

「家からわずか150mほどの畑に爆弾が10発くらい落ちたんだ。防空壕も吹っ飛ばされちゃったしね。粉塵で5分くらい何も見えなかった。近くの松の木がね、すぽんとカミソリで切ったみたいに斜めに折れてたね。でも、死んだ人やケガをした人は聞かなかった。軍需工場の日本建鉄を狙ってそれたんじゃないかなあと思うけどね。爆弾が落ちた場所は、その土地がスリバチ状になってたね。すぐに兵隊が来てくれて、近所のみんなも手伝ってくれて、そのスリバチを埋め戻しましたけどね」

 語って下さった方の7歳のときの記憶です。
 

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初セミナー

IMG_1831.jpg


埼玉県の老人ホームでセミナーをしました。

タイトルは「想いを次世代につなげる 気軽にスタートできる自分史」」
初セミナーだったので、家で特訓。
パワーポイントを作ったり、実際にしゃべって時間を計ったり。
45分は長い!と思っていたのですが、
つい伝えたいことがたくさん出て来て、
絞り込むのに時間がかかりましたが。

準備ができると、
前日くらいからは楽しみになってきました。

そして、当日。
10名の方が参加してくださいました。
少しだけワークを取り入れましたが、

「ほめられたこと、思い出してみましょう」
「……。」
「思い出せない…。」

ワークの中身は修正の余地が…。

「自分史を書くのは難しいことだと思っていましたが、
いろいろな方法があることを知り、
まずはスタートしてみようと思いました」
という感想もいただいて、

これからも「自分史」を広めることができるよう、
セミナーの中身も充実させていかなくては。

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プロフィール

コイデヒロコ

Author:コイデヒロコ
たくさんの方の「私物語」を
聴かせていただき、
それを和装本に仕立てて
お渡しする仕事をしています。
家では愛犬の
柴犬コナツに癒されてます。
・グリーフケア1級認定
・カウンセラーの勉強中

仕事のサイト
㈲officeSAYA

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